映画「一命」海老蔵が投げた一石は現代人の心を打つか(ネタバレあり)

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あらすじ

徳川幕府による日本支配が完了し、疑り深い徳川家康によって少しでも信用できない藩があの手この手でガンガン潰され、浪人(無職の侍)達で溢れかえった時代。食い詰めた浪人達は名のある金持ち侍の屋敷へ行っては

浪人「貧乏で生きていけないので切腹します。でも最期くらいは立派なところで死にたいので庭を貸してもらえませんか」

金持ち侍「その心意気こそ武士の誉れ。アッパレ=ナリ!うちで働けや」

あるいは

金持ち侍「(正直迷惑やし……)わかったわかった、なんぼかお金あげるからもうちょっと頑張ってみいや」

と、仕官(就職)やお金をせびるための狂言切腹、つまり死ぬ死ぬ詐欺が横行していた。

そんな折、名家の重役である斉藤さんのところに、「腹を切らせてくれ」と言う中年の浪人が現れる。斉藤さんは浪人の処遇を決める前に語り始める。

斉藤さん「まあ聞け。実はこないだもあんたと同じこと言ってうちに来た若い浪人がいたけど、普通にそのまま切腹させたよ?本人めっちゃ嫌がってたけどうちの若い衆が怒って無理やりね。この話聞いてどう思う?今なら許したるから帰りんさい」

開始30分後くらいのネタバレ含むあらすじ

中年浪人「そうですか。でも私は本気で切腹しにきただけですので」

斉藤さん「マジ?それならまあいいけど……」

中年浪人「せっかくなので介錯切腹後に首を落とす係)にAさんを指名していいですか?」

斉藤さん「すまん、Aは今日休んでる。連絡とれない」

中年浪人「じゃあBさんかCさんで」

斉藤さん「ああ、実はBもCも無断欠勤……てお前まさか彼らに何かしたのか!?部下たちよ、こいつを囲め!」

中年浪人「まあまあ私を斬る前にちょっとだけ話聞いてくださいよ。実は私、こないだここで腹を切った若い浪人の育ての親であり、舅でもありましてね……」

感想(途中からネタバレあり)

と、サスペンスが始まるわけです。中年浪人中年浪人としつこく書きましたが、演じるのは撮影当時32歳くらいの市川海老蔵で、身なりこそ汚いけど特別な老けメイクなどしてないもんだから「先の若い浪人と関係ありそうだな」とは思いつつも義理の親子とは思えませんでした。意図しないミスリード誘うのやめてくれよ。

それと、舞台美術が好きです。作品のトーンに合わせて暗く色調を抑えてるのでしょうが、当時の夜や屋内は我々が想像もつかないほど暗かったでしょうし自然物以外も鮮やかな色は少なかったはず。きらびやかなはずのお金持ちの屋敷だって実際このくらい地味だろうななどと思って観るのが楽しめました(造形に関しては想像より派手でしたが)

とりあえず、普通に観れば欝映画ですのでお気をつけ下さい。

 

以下ネタバレ

 

この物語は、海老蔵が若い浪人の義理の父親だということで、斉藤さんの屋敷に乗り込んできたのはいかにも復讐の為のように見えますが、実際の目的は違います。武士の面目のために刀をお金に変えることができなかった自分自身と、その面目とやらも守りきることの出来ない太平の武士、どちらもひっくるめて武士そのもののありようを笑い、一石を投じるために来たのです。なので真剣で来れば皆殺しにして帰れる程の実力を持ちながらも、竹の剣一振りで圧倒することで侍たちの面目を潰しつつ一人も殺さず、最後に自ら斬られることで娘たちを救えなかった自分自身の贖罪も果たします。

もしこれが海老蔵が大暴れするだけの復讐ものだったとしたら、やっぱりちょっともやもやしてしまうんですよね。正直言って斉藤さんたちは、完全な悪ではないから。もっと他にやり方あっただろうに、くらいのことだから。海老蔵の「(超苦しいはずの)竹の刀による見事な死に様には触れられずに、詐欺に失敗した愚か者としてのみ喧伝された」といった台詞からわかるように、息子の武士としての最低限の面目さえ守ってくれれば屋敷に乗り込むまではしなかったと思います。だからこそ、息子の一命の重み、それだけ思い知ってくれればいいからと、竹の刀で乗り込んで来たんですね。

しかし結局海老蔵が投じた一石は波紋を作りこそすれ、広げることはなかった、というラスト。

こうして僕たちは波紋を広げられなかった海老蔵を哀れみ、それでも波紋を封じ込めた斉藤さんたちを笑うのでした。

 

と言いたいところなんですが、現代の価値観から言うとやっぱり斉藤さんの肩持っちゃうかな。だってその価値観を作ったのがまさに斉藤さん達徳川幕府じゃないですか。恥、本音と建前、マニュアル対応、ことなかれ主義。そこから更に400年。この映画が今更そこに一石を投じてみたとて、「生き物(植物含む)がかわいそうだから飯食うな」と言われてるようなもの。もう400年もずっと斉藤さん達のように生きている我々。だからこそ投じるんだ、と言われればその通りですが、今更どうしようもない。この映画が史実だったら、現在の価値観が違ったものに育ってたかもね。